INFORMATION

■ ここでは知人からプレゼントして頂きました作品を紹介します。中条作品を作者さんテイストで自由に表現して頂けた素晴らしい作品です。いつもの中条作品とひと味違ったもう一つの世界をお楽しみ下さいね。

■ 作者さんに感想のメールを送って頂けると、大変喜ばれると思います。作品に対するご意見ご感想は桑島由一さんのHP「クリアラバーソウル」まで。


■ 以下の文章の転載・複製・配布などの閲覧以外の全ての行為を禁止します。(C)YOSHIKAZU KUWASHIMA

注意:中条作品ではありません。

小説・グリーングリーン「おとこのこおんなのこ」著者:桑島由一
2003年7月25日発行/文庫版/580円(税別)/MF文庫J/メディアファクトリー

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

・著者の名前を見て「あれ?」と思われた方も多い筈。当サイトでは花君の小説でお馴染みの桑島由一さんが7/25に小説を発売されました。その中でなんと、諸々のご縁で中条比紗也が解説を書かせて頂いています。解説とはよく小説の最後に、内容や作者に所縁のある方が作品について色々と書いているページってありますよね?アレです。ご興味のある方は是非是非読んでみて下さいね。この他にも多数小説を発売なさっていますので、気になる方はこれを機会に是非色々さがしてみて下さいね。桑島さんの小説はお薦めですよ!

小説の詳しい情報はこちら。

・小説の元になったのは今年春に発売になったプレイステーション2用ゲームソフト「グリーングリーン」です。

ゲームの詳しい情報はこちら。

・読んだ方は桑島さんに是非感想を聞かせて下さいね!

桑島由一さんのサイトはこちら。

MENU

■ SPECIAL FILE No.1桑島由一さんから花君の小説・・・小さな頬です。
■ SPECIAL FILE No.2桑島由一さんから花君の小説・・・
準備号です。

小説「小さな頬」〜花ざかりの君たちへ・・・SPECIAL FILE No.1 桑島由一さん

「Gut Nacht……今宵の月は移ろいやすい……」

あ。バラ投げた。

「瞳に映る海の青は悲しみの色なのか……それとも……」

あ。また投げた。

「許したまえ……この……この……」

あ。もう投げるバラが無い。

「はっはっはっはっ」

あ。笑ってごまかした。

「おい……何やってんだ?」

あたしの後ろで声がした。寝起きの、まだ夢の中と現実の区別がついていないような声。

「そこのバラまみれの……それは……つまり……まだ夢なのか?」

けだるそうにアクビを飲み込み、瞳を隠す前髪を手で払う寝起きの人物。

「お目覚めかい? 寝起きから私の姿が見れるなんて、今日はハッピーな一日になりそうだね」

オスカー先輩は佐野の目の前まで近づき、瞳をうるませた(得意技?)。

「……気分悪い」

寝起きにショッキングな映像を見て、少し顔を青くしてるのがクラスメイトの佐野泉。そしてその佐野に、自分の全身をクルクル回転

しながら見せびらかしているのがオスカー先輩。オスカー先輩は腰の辺りまで伸ばした長髪を風もないのになびかせながら(得意技?

)、さっきからあたしの前で熱演を繰り広げているのだ。

「佐野も見る? オスカー先輩の熱演」

「見ないよ。それに何だ、オスカーって」

佐野の声にピクリと反応するオスカー先輩。

「いやぁ、これからはちゃんとオスカーという名前を定着させようと思ってね。誰もが私をオスカーと呼ぶのさ」

普通に話しているのに、まるで演劇のワンシーンのような立ち振る舞い。さすが演劇部の部長だけのことはある。……ちょっと大げさ

とも言えなくないけど。

「本名は正夫のくせに」

佐野の一言で、オスカー先輩の顔から血の気が引いていった。

「芦屋、これから正夫先輩でいいからな。正夫先輩で」

さらに追い討ちをかけるように佐野が言うと、オスカー先輩は

「仕方ない。従来通りの呼び名で手を打とうじゃないかさらばだふははははは」

と無理やりな笑顔を作って部屋から出ていってしまった。

「姫島先輩……ちょっとかわいそうじゃないか?」

「いいんだよ。何がオスカー・M・姫島だよ。姫島正夫のくせにさ」

「だっておじいさんがドイツ人なんだろ?」

「そんなの嘘に決まってるじゃないか。信じてるのか?」

佐野はからかうようにあたしの目を覗き込んだ。

「し、信じてないけどさ」

返事を口にするまでに、少し時間が経ってしまった。だって、そんな佐野のちょっとした仕草があたしにはたまらなく感じてしまうん

だから。

「じゃあ正夫でいいんだよ」

佐野はそう言うと、またベッドの中に潜り込んでいった。それも仕方ない、まだ朝の早い時間だ。あたしは、もう小さな寝息をたては

じめている佐野の顔を、さっき佐野がしたように覗き込んでやった。

「もう寝てんの?」

「ぐう」

佐野は、あたしがどんな気持ちで佐野を見てるのか知らない。あたしは、自分の気持ちを佐野には伝えられない。不自由で窮屈な生活

だけれど、佐野と一緒だから何も苦にならない。佐野と一緒にいれることが、今のあたしの一番の幸せだからだ。あたしが通っている

のは私立桜咲学園高校、名門の男子校だ。そしてあたしは芦屋瑞稀、れっきとした女の子だ。

■■■■■

あたしたち桜咲学園高校の生徒は、いま夏の合宿にきている。合宿といえば学年ごとや部活ごとに別れて行うのが普通だが、なんと今

回は全校生徒を引き連れての合宿となっているのだ。なんでも無人島にリゾート宿泊施設ができたとかで、オープン前に格安で泊めて

もらうらしい。その辺の詳しい事情(大人のね)はわからないけど、あたしは、その、つまり、彼と一緒にバカンスに行っているみた

いで、とてもウキウキしているのであった。

「どうした? そんなに笑って」

佐野はあたしが笑っているのを見て、不思議そうに首をかしげた。女の子のあたしが男子校に通っているのも、全て佐野の責任なの

だ。話せば長くなるけれど、つまりあたしは憧れの佐野を追いかけてこの学校に通っている。

「気持ち悪いな……あんまり笑うなよ」

あたしが女の子だということを隠して男子校に通うのも、あたしが嬉しいのも、あたしが大変なのも、あたしが悩んだりするのも、全

部佐野の責任なのだ。ふぅ、やれやれ。

「お。今度はため息ついた」

もしあたしが女だってばれたら、もうこの学校にはいられない。毎日それなりに緊張の糸を張り詰めながら生きているのであった。

「お。今度は何かを悟ったように頷いてる」

「いちいち解説するなよ」

「いや、見てるだけで飽きないから……。悪い悪い」

ここはその宿泊施設の一室。学校の寮と同じ部屋割りで三日間を過ごすため、佐野とは同室である。今日は夏合宿の二日目だ。

「朝から気分悪いもん見たからな……ちょっとシャワーでも浴びてくる」

そう言って佐野はバスルームに入っていった。佐野が言ってる「気分わるいもん」とは姫島先輩のことだ。この夏合宿のメインイベン

トの仮装大会に余念がない姫島先輩は、朝から色々な部屋を回り自分の演技を見せ付けているらしい。うーん、なんともはた迷惑な話

である。そもそも仮装するだけなのに、演技は必要なのかと思うけど……。

「おはよーさん! 起きてるかー?」

部屋の扉が開き、クラスメイトの中津秀一が入ってきた。朝から元気よく、自慢の茶パツを光らせている。

「おろ? 佐野はおらんのかいな?」

「佐野ならシャワー浴びてるよ」

「しゃ、しゃわー!?」

中津は大げさに驚いて、その場で転んだ。

「ど、どうしたんだよ」

「い、いや、何でもあらへん。ちょっとだけ妄想スパークしただけや」

「妄想?」

「その、なんや、夏と海の開放的な雰囲気により、佐野と瑞稀の普段の溝が埋まってやなぁ」

「溝なんて無いけど……」

「こう、なんちゅうか、若者の暴走の果てに朝からこー! スパークして! その末のシャワーかと!!」

「中津……それ考えすぎ……よくわかんないけど」

「そうやな、そうやな。わかっとるわ」

中津は落ち着きを取り戻そうと、部屋に備え付けてある冷蔵庫を開けた。

「ふーふー、ちょっとジュース貰うわ」

中津が缶を取りプルタブを開けようとした時、バスルームから出てきた佐野がそれを止めた。

「他の飲め。これはダメだ」

「なんでやねん! 風呂上りの一杯か!?せやけど俺が飲もうとしてんのん取らなくてもええやん」

「ウーロン茶のんどけ、ウーロン茶」

「わかったわ、ここサービス悪いで」

佐野は取り上げたジュースを冷蔵庫に戻し、ウーロン茶を中津に渡した。

……あたしは知ってる。佐野が冷蔵庫に戻したのは、あたしが好きなピーチジュースだ。佐野はあたしのために、中津からジュースを

取ったりしたんだ。

「くぅ……その小さな優しさに……グッときます……」

「なにニヤニヤしてんねん……」

「あいやぁ、何でもない!」

「変な瑞稀やな」

佐野はあたしと中津のやり取りを、あきれた様子で見ていた。

食堂での朝食が終ると、そのまま集会のようになった。第二寮長の難波先輩がマイクを握り、生徒に語りかける。

「おーし、メシは食ったな。最初は残念なニュースからだ」

ノイズ混じりの難波先輩の声に、生徒から不安げな声が漏れた。残念なニュースって何だろう?

「予定してた仮装大会が中止になった。なんでも、会場に使おうとしていたスペースが工事中らしくてな。まだオープン前だから不備

が……」

ばたん。

「ん? 何の音だ?」

難波先輩の声に、生徒の一人が応える。

「姫島先輩がショックで倒れましたー」

「……ほっとくか。それで、急遽最終日のメインイベントが遠泳大会に変更なった。まぁ、海もあるんだし、そっちの方が自然っちゃ

ー自然だけどな」

あたしの隣に座っている佐野が、小さな声で呟いた。

「遠泳? 海か……まずいな」

「へ? 何がまずいの?」

「い、いや。お前、まずくないのか?」

「おれ? まずいって……どういうこと?」

「だから……その……泳げるのか?ってことだよ」

「どないしたんや?」

向かいに座っていた中津も身を乗り出し、話題に入ってこようとする。

「何かまずいことあんのかいな?」

「いや……えーと……瑞稀が問題ないならいいんだけどさ」

「おれ? え?」

「いや……いい。やっぱり、いい」

「歯切れの悪い二人やなぁ」中津は口の端にゴハンつぶをつけながら、不満そうに席に戻った。佐野はあたしに何が言いたかったんだ

ろうか? 妙に言葉を濁して、ちょっと不安になってきそう。別にまずいことなんて何もないのに。

だだだだだだ。

だだだだだだだ。

だだだだだだだだ。

がちゃ!

「まずいよー!!」

ドアを開けると、ベッドには半裸の男の人が妙にテカった肌をなすり合わせていた。

「わああああああああああああ」

そのうちの一人はそそくさと上着を着て部屋から出ていった。残った一人は、慌てる様子もなくタバコを取り出す。

「何だ、芦屋じゃないか。どうした?」

「ど、ど、どうしたじゃないですよ! 何で半裸のままで、その、肌を寄せ合ってるんですか!(そして、誰なんですか)」

「海が近いからな。オイルを塗ってもらってたんだよ、泳ぎに行こうかと思ってさ(そして、ここの従業員だ)」

ジッポーが軽い金属音を上げ、タバコを燃やす。気持ちよさそうに煙を吸い込むと、天井に向かってそれを吐き出した。

「お、おいるですか。びっくりしました」

「おう」

タバコを吸いながら笑っているのは桜咲学園の保健医、梅田北斗先生だ。先生はあたしが女の子だということを知っている。それにつ

いての経緯はまた別の機会に、今はそれどころじゃないのだ。

「そうそう、仮装大会が遠泳大会に変わったんですよ!」

「そうなんだよな、大変なことになったぞ」

「うんうん、そうそう!」

「せっかくこの合宿はバカンス気分だったのに、遠泳なんてして生徒が溺れたらどうするつもりなんだか……。

手当てするのは俺なんだぞ?」

「違う! そうじゃなくて!」

先生はわざとなのか、ニヤニヤと笑いながらタバコを吸いつづけた。

「まずいことでもあるのか?」

「そりゃ、全部がダメだよ! どどどど、どうしよう??」

「慌てても混乱するだけだぞ、深呼吸でもして気持ちを落ち着けろ」

「う、うん、そうする」

すーはーすーはー。

「どどどどど、どうしよう!?」

「全然落ち着いてないじゃいか」

「だって水着なんて着たら一発でばれちゃうし」

「いつもの仮病でも使うか? お得意の」

「それしかないのかなぁ」

先生はシャツを羽織ると、鞄から書類を取り出し何かを書き始めた。

「診断書。これ持ってけ」

「ありがとう……先生……いつも悪いねぇ」

「泣くな泣くな。診断書が鼻水で汚れる」

「あぃ……」

私は先生から診断書を受け取り、自室へと戻った。

「どこ行ってたんだよ」

部屋に戻ると、不機嫌そうに寝転がっていた佐野が顔をあげた。

「うん、ちょっとね」

「で、大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや……何でもないけどさ」

そしてまた不機嫌そうにベッドに横になる。佐野は何をそんなにイライラしてるんだろう?

「なあ佐野、怒ってるのか?」

「怒ってないよ。怒る理由なんてどこにもないじゃないか」

「そうだよ……な。だったら、そんな寝てないで、無人島探索でも行こうよ」

「随分とお気楽だな」

「そうかな?」

あたしは佐野の前でえへへーと笑った。妙に機嫌が悪い佐野を元気にしようと思って、大げさな笑顔を作ってみせた。しかし、どうい

うわけか佐野はそれが気に入らなかったらしい。

「お前、笑ってる状態じゃないだろ? 遠泳はどうするんだよ?」

「どうって……別に……どうも」

佐野は何かを言いたいけれど言えないような感じで、自分に苛立っているようだった。

「心配しても……伝わらないしな」

佐野がつぶやいた。あたしはそれが聞こえず、聞き返す。

「え? 何か言った?」

「ちょっと頭冷やしてくる」

佐野は突然立ち上がり、部屋から出ていこうとした。なんだかわからないけど、佐野を怒らしちゃったみたいだ。どうしてだろう、あ

たし、なんか変なこと言ったかな?

「あ、佐野、ごめん、謝るよ。おれが悪いんなら……」

佐野はあたしを見た。瞳を、じっと見つけた。

「お前のせいじゃないよ。ちょっと頭冷やすだけだ」

そのまま部屋を出て行った。あたしはその突然の展開に、しばし言葉を失ってしまった。

「怒らせ……ちゃった?」

確かにあたしは佐野を怒らせてしまった。だけど、理由さえわからない。あたしは何も悪いことしてないと思うし、どうして佐野があ

んなに苛立ってるのもわからない。苛立ってる? なにか歯がゆそうな、そんな感じ。

「ああああ、どどど、どうしよう……」

問題の次にまた問題、まいったなぁ。

「瑞稀?」

顔を上げると、そこには中津が立っていた。

「ああ……中津。どうしたの?」

「どうしたやないで。瑞稀こそどないしたんや」

「どない……て?」

「目、真っ赤やで?」

そういわれた途端、あたしの瞳からは涙がポロポロと溢れてきた。泣くつもりなんてなかったのに、それはしばらく止まりそうになか

った。

「み、瑞稀……」

「おれ、佐野を怒らせちゃったみたいなんだ……」

あたしは何とかそれだけを言った。

■■■■■

中津はあたしにピーチジュースを手渡した。佐野が取り返してくれたジュースを、今は中津から受け取る。何だか妙な気分。

「佐野を怒らしたって? なんか言うたんか?」

「ううん、何も言ってない。だから、余計にどうしていいのかわかんないよ」

あたしは無理に笑顔を作ったけど、佐野の時を思い出してすぐに顔を伏せた。

「そうなんや。まあ、ケンカなんてしょーっちゅーやろ? そのうち機嫌直るて。あんまり気にせんとき」

中津はあたしの頭に手を置いて、髪の毛を乱暴に掴んだ。きっと中津なりの慰めなんだろうけど、ちょっと乱暴すぎるよ。でも、それ

が中津らしいんだけど。

「ありがとう。そうだね」

「そうや、そのうち元通りや」

あたしはプルタブを開け、ジュースを喉に流し込んだ。冷たい感覚が身体を抜け、気分も少し軽くなったように感じる。

「おいしー」

「急いで飲んで、お腹痛くしたらあかんで」

「こ、子供じゃないんだから。平気だよ」

「そうなん? ふふ」

「何だよ、その、ふふ。って」

「スマイル」

「スマイル?」

「そう。今の瑞稀に足りんもんや。ほら、スマイル」

中津はあたしのほっぺを触った。

「痛い痛い」

「笑ろたら離したる。すまいるー」

「いーーー。すまいるぅー」

あたしは中津に頬をつねられたまま笑う。

「あははは、瑞稀、変な顔や」

「中津がひっぱってるからだろー」

「あはははは、ほんまに変や! ああはははは、どあはははあああ」

本気で……笑ってる?

「あははは、変な顔や……おかしいわあ」

「ぷ。そんな笑うなよ」

「だって、鼻の穴、のびとるで」

「あははははは、やめー」

あたしは何だか妙におかしい気分になって、そのまま素直に笑った。中津はそんなあたしの顔を見て、嬉しそうに手を離した。

「そうや。瑞稀は笑ろうとるのが一番や。落ち込んでるなんて、らしくないで」

「うん。そうだな」

「その……それに……笑ろてる方が……」

今度は中津が顔を伏せた。

「……どうしたんだよ?」

「笑ろとる方が……す、す、素敵やし……な」

そう言って顔をガバッと上げる。真っ赤になった顔、充血した目。それは憧れの人に愛の告白をした少女のような顔だった。あたしは

それを見て、思わず……

「あはははは、中津の顔まっか!」

笑ってしまった。

「わ、笑うとこちゃうで! 俺は本気やんか!」

「本気でも何でも、顔真っ赤だし。あはは。鼻出てるよ」

「なんやねん、またホッペつねったる!」

「あいてててて、痛いってば」

あたしは中津のペースにまんまと乗ってしまい、さっきまでの憂鬱な気分はどこかに吹き飛んでしまったようだ。どこまで本気でどこ

まで冗談かわからない中津の言葉は、あたしの気持ちを解きほぐした。ありがとう、中津。

「ん? 何か言うたか?」

「ううん、何でもない」

あたし達は顔をひっぱりあったまま、床に寝転がった。

「あはは、痛いってば」

「俺も痛いっちゅーねん、その手を離さんかいなぁ……」

ガチャリ。

「芦屋……さっきはすまなかったな」

その時、ドアが開いた。

「あ……」

三人の声が重なって、部屋の空気の質のようなものを一瞬で変えてしまった。中津はあたしに覆い被さるようにして、顔を触ってい

た。まるでキスする直前のように。もちろんそれはただの悪戯で、じゃれあっていただけなんだけど、ここまでの経緯を一瞬で説明す

ることはもちろんできなくて。

「邪魔したな」

佐野はそのまま出て行ってしまった。

「タイミング悪かったみたいやな」

中津は困ったような笑顔を浮かべた。それはきっと、またあたしの目がウサギみたいになっていたからだろう。

■■■■■

食堂では第一寮長の天王寺恵と第二寮長の難波南が話し合っていた。

「遠泳か。となると寮対抗ってことか?」

天王寺先輩はニヤリと笑って難波先輩を見つめ言った。

「そういうことになるかな。まあ、うちは負ける気がしないけどね」

難波先輩は、それをそしらぬ顔で言ってみせた。

「な、なんだとっ!?」

天王寺先輩はすぐに顔を真っ赤にして、反論を続けようとする。しかしあたしは、そうなったら長くなると二人に割って入った。

「あの、すいません。ちょっといいですか?」

「お。芦屋じゃないか」

天王寺先輩はあたしが入ってしまったため、叫ぼうとした言葉をパクパクと持て余した。

「あの、ちょっと調子が悪いんで遠泳は見学させてもらえないかと」

「見学? 仮病じゃないのか?」

「ここに梅田先生からの診断書が」

あたしは診断書を先輩に渡すと、苦しそうにお腹をおさえた。

「診断書か……だったら仕方ないな。今回は見学……」

その時だった。華麗なハープの音が鳴ると(ラジカセ?)、姫島先輩が踊るように近づいてきた。

「難波、天王寺。一言いいかな?」

「おお、お前は仮装大会が中止になったショックで倒れた……」

「黙れ天王寺。実は私に素晴らしいアイデアがあるんだが、聞きたくないかな?」

「聞きたくない(天王寺)」

「いい(難波)」

「いいです(瑞稀)」

「……いいから聞こうじゃないか(姫島)」

どこから取り出したのかバラの花を手に持ち、それを無駄に見つめながら姫島先輩は言った。

「場所が無いということで中止になった仮装大会、それは仕方が無い。そして代案として登場した遠泳大会、しかし少し面白みにかけ

る」

「というと?」

難波先輩が面白そうに促した。

「そこで私は考えた! 仮装水泳大会というのはどうだろうか!!」

「却下(天王寺)」

「あほか(難波)」

「溺れます(瑞稀)」

「いいから最後まで聞け!(姫島)」

先輩はここぞとばかりに力説する。

「全部が全部仮装しろとは言わない、寮ごとに数名でいい、仮装して泳ぐのだ! そしていかに美しく、いかに早く泳ぐかで競うの

だ!」

難波先輩は話を遮るように、冷静に言った。

「それ、お前が仮装したいだけじゃないのか?」

「うっ」

冷たい沈黙。バラの花びらが寂しそうに床に落ちた。そして誰もがその妙案が却下されたと思った時、姫島先輩は小さく言った。

「怖いのか?」

嫌な予感。

「負けるのが怖いのか? 怖気づいたのか? そうだな、負けるのが怖くて逃げるんだな。ふふふふふ」

天王寺先輩と、難波先輩の目の色が変わるのがわかった。

「やってやろーじゃないかー!!」

そしてあたしの診断書は、ビリビリと破かれた。

「ああ……おれの診断書……」

「芦屋! バカにされて逃げるなんて男じゃないぞ! 病気が何だ! 泳げば治る!」

そんな無茶な。

「全生徒を上げての勝負だ! 見学だなんて一人も許さんぞー!」

こうなったらもう誰にも止められない。姫島先輩だけが、冷静な顔で全てを見守っていた。

■■■■■

「あほやで」

部屋にて。中津はあたしから聞いた話を、退屈そうに聞いていた。

「そうだろ? 仮装遠泳なんて意味わかんないよ」

「ほんまや。そんなのに参加するやつの気がしれんわ。俺は普通に泳いで、さっさと終らすで。全員参加ってことは、瑞稀も普通に泳

ぐんやろ?」

全員参加。そうなんだよね。あれだけ熱くなった寮長達に、あたしが何を言っても無駄なんだ。はぁ、どうしよう……。

「そんなに暗い顔すんなて。何も仮装して泳ぐわけやないんやから。そんなの物好きに任しとったらええねん」

仮装……か。仮装? もしかして仮装すれば水着にならなくてもいいんじゃないの!? ドレスみたいなの着れば、胸だってわからな

いはず! そ、そうか……。

「ど、どないしてん」

中津はあたしの目が光ったのがわかったようだ。

「中津……おれ、仮装するよ」

「ええええっ!?」

「白雪姫の格好して泳ぐ! 今決めた!」

「な、なんでやねん!? 体調悪くて診断書を持っていったんやろ?」

ぎく。それもそうだ。何で見学しようとしてたのに、いきなり仮装までしてヤル気を見せているんだろう。しまった……。

「中津……男にはねえ、やらなくちゃいけない時があるんだよ」

あたしは苦し紛れに言った。焦っているのがばれないように、窓から外なんか見ながら言ってみた。すると中津は

「……瑞稀! 感動したでえ! 体調が悪いのに寮のために仮装までするなんて! 俺もやる! 俺もやるでえ!」

と何の疑問もなく納得してしまった。中津……ちょっといい人すぎるよ……でも助かるけど。

「よし、ほんなら二人で仮装して遠泳や! 泳ぐでー!」

「おーう!」

というわけで、あたしは白雪姫の格好をして遠泳するはめになってしまった。水着よりマシだとは言え……やれやれ。食堂に戻ると、

そこには難波先輩がいた。それに……佐野もイスに座っていた。あたしは佐野を意識しながら、でも話し掛けるのはちょっと無理だか

ら、先輩の方に声をかけた。

「あの、おれ、仮装します」

すると難波先輩は瞳を輝かせる。

「おお、ヤル気になったか!」

「はい! 白雪姫とか、こう、なるべくぼわぼわーっとした服で、ぼわぼわーっと泳ぎます! ぴっちりはダメです、ぼわぼわーで」

「……妙な注文だな。まあ、わかったぞ」

「俺もやるで! 白雪姫でいくで!」

「そうか、中津もヤル気になったか! よしよし、美と力、ふたつがそろったわけだな」

満足そうに頷く先輩を、静かな声が遮った。

「俺もやる」

イスに座っていた佐野が、立ち上がりながら言ったのだ。

「そうかー、佐野もかー。これでうちの勝利も決定だな! あっはっはっは」

佐野はあたしと目が合うと、ぎこちなく視線を外した。まだ怒ってるんだろうか。それとも、中津とのことを誤解してるんだろうか。

もし誤解してたらちょっと嬉しいかも。だって、佐野はあたしのことを妬いてくれたってことだし……でも佐野はあたしを男だと思っ

てるから、男が男に嫉妬したってことなのかな? ってことは佐野は……あれれ?

「ほら、いくで」

中津は腕を引っ張ると、食堂からあたしを連れ出した。それはどこか、佐野に見せつけるような行動にも思えた。佐野は何か言うこと

もなく、またイスに座った。

■■■■■

遠泳大会当日。砂浜には生徒が集まり、ちょっとした賑わいを見せていた。その中で一角、あきらかに海に似合わない姿をした集団が

いる。

「よーし、着替えも終ったな」

難波先輩は満足そうにあたし達を見た。あたしは白雪姫のドレスに身を包み、身体のラインを完全に隠す。これなら濡れてもばれたり

しないだろう。中津は赤頭巾の格好をして、カゴまで持っている。

「どうや、似合うか?」

「似合うけど……どうして赤頭巾なんだよ?」

「なんでや?」

「だって佐野なんて……」

あたしが指差した先には、童話に出てくる王子の姿をした佐野が立っていた。

「ああああ! そうや! 別に女装やなくてもええんや! 瑞稀が白雪姫言うから、思わず白雪姫ゆうてしもーた!」

「……そ、そうなんだ……」

「そやけど瑞稀……」

「うん?」

「き、き、き、綺麗やでぇ……」

中津はまた顔を真っ赤にして言った。だけどあたしの気持ちは、王子様の仮装をしている佐野の方に傾いていた。ああ、やっぱり格好

いいよね……。

「……ん? どないしたんや?」

「ううん、なんでもない」

「どうだい、私の仮装は」

声の方に目をやると、佐野の王子様を100倍派手にしたような貴族が立っていた。もちろんそれは姫島先輩だ。

「白雪姫……なかなか似合っているけれど、私の美しさには勝てないね」

「そ、そうですか」

「そして白雪姫……気持ちわるいね」

「うるさいわ!」

そうこうしている内に、スタートの時間がやってきた。あたし達仮装グループは、一般の生徒達より先にスタートする。

「それじゃあ気合入れて泳げよ!」

難波先輩が大声を張り上げ、砂浜に仮装をした集団が並ぶ。

「よーい……泳げー!!」

合図と共に、あたし達は海に向かって走り出した。

「溺れても構うなー! 勝てー! 勝てー!」

難波先輩の無茶苦茶な激励を背に受け、次々と泳ぎだす生徒達。水に入ると衣装は思ったよりも重くなり、猛烈なスピードで体力を消

耗させた。

「瑞稀、慌てなくてええで」

中津はあたしの近くにいて、ペースを合わせてくれている。

「うん、わかってる」

あたしは水を飲みそうになりながらも、なんとか泳ぎ続けた。かなり先を姫島先輩が笑いながら泳いでいる。……あの人、仮装すると

体力が上がるみたいだ。

佐野の姿は周囲を見渡しても目に入らない。きっとずっと先を泳いでいるんだろう。

「瑞稀ー、はぁはぁ、大丈夫やなー?」

中津も重くなった衣装に苦戦しているようだ。だいぶ苦しそうに声を上げる。

「大丈夫だよ、これくらい。中津の方が……」

その時、ひきつるような痛みが足を襲った。

「わあ!」

「瑞稀!?」

中津の声が厚いガラスの向こうから聞こえたような、そんな感じがした。身体の力が抜けて、泳ごうにも手足が動かない。

「足がつったんやな……それでパニックになってるんや」

中津はあたしの方に近づき、手を差し出した。

「ほら、俺を掴むんや! 溺れる前に戻るで!」

あたしは何とか腕を伸ばし、中津の手を掴む。これで溺れなくて済む……そう思った途端、身体が深く沈むのがわかった。

「うあわわあああ」

中津はあたしに引っ張られ、海の中へ引きずりこまれた。

「なんて力や……あかん……」

ごめん中津……あたしのせいで、中津まで溺れちゃう……。白雪姫のドレスが悲しいくらいに重くなる。もう身体を動かしても、少し

も海面に浮かぶ気配がない。このまま溺れちゃうんだろうか……中津……佐野……佐野……佐野……佐野……。

冷たくなった海水を身体に感じながら、何度も佐野の名前を呟いた。すると、後ろから抱きかかえられるのがわかった。

「溺れてるやつは後ろから捕まえないとな。常識だろ」

そんな声が聞こえた気がした。水の中だから聞こえるはずないのに、そんな佐野の声が聞こえた気がした。そしてあたしと中津は、一

瞬で海水まで浮かび上がった。それからの記憶は途切れ途切れで、あまり覚えていない。気が付いたら砂浜に寝転がり、中津と佐野の

影が心配そうにあたしを見ていた。

「大丈夫だよ」

そう言おうとしても、海水がのどにひかかって全然大丈夫じゃなかった。意識はあるのに目が少ししか開かず、声も出ない。

「人口呼吸しかないで」

中津の影があたしに覆い被さる。人口呼吸って……それって……き、き、キスじゃないの!?

「佐野……俺がするで?」

「ああ」

佐野が中津の声に応えた。そうなんだ、佐野はあたしが中津とキスしてもいいんだ。いや、キスじゃないんだけどね、人工呼吸なんだ

けどね、それにあたしを男だと思ってるわけだし、不自然なことじゃないんだけど。

「瑞稀……キスやないで、これは人工呼吸やで」

中津が顔を真っ赤にして言った。あたしは声を出そうと思っても出ないし、それに、これはキスじゃないんだと自分に言い聞かせた。

これはキスじゃない、人工呼吸なんだ。救助。手当て。だから、キスじゃない。

「いくで……瑞稀……」

キスじゃないから……悲しく……無い。

「瑞稀……すまんな……瑞稀……」

悲しくなんて、無い。キスじゃないから。

「瑞稀?」

冷たくなったあたしの顔に、熱いものが伝わるのがわかった。それは涙だった。どうして涙が流れたのかはわからない。どうして悲し

いと思ったのかはわからない。だけど、そう思った。そう感じた。それは事実だ。

「中津、どけ。遊びじゃないんだ。瑞稀を死なせたいのか?」

佐野はあたしを見て顔を赤くしている中津を押し退け、何のためらないもなくキス……人工呼吸をした。それは恋人同士がするよう

な、とても自然なキス……のような人工呼吸だった。佐野の唇の温かさはあたしの全身を包んで、気持ちを安心させた。王子様のキス

で白雪姫は……目を覚ました。

■■■■■

目を覚ますとそこは部屋の中だった。見えるのは天井だけ。静かな音で音楽が流れている。横を向くと、瞳にたまっていた涙がシーツ

にこぼれた。何で泣いてるんだろう。悲しくて? それとも嬉しくて?

「起きたんだな」

壁によりかかった佐野が、あたしに気づいて声をかけた。さっきまでのことは夢だったのか、それとも現実だったのかさえ危うい。

「佐野……おれ……」

「いいから黙っとけ。まだ疲れてるだろ」

「おれ、謝らないと」

「謝ることなんて何もない。何も、な」

「……うん」

「あの後、梅田がお前をここまで運んでくれたんだ。仮装から着替えさせたのもあいつ」

先生が!? 着替え!? ま、まあ他の誰かに見られるよりマシだけど……着替え……。

「助けてくれてありがとう」

「ああ、当然だ。溺れてたんだからな」

「あと……人工呼吸」

「……そんなことしたか? 夢でも見たんじゃないか?」

夢? やっぱり夢だったのかな。

「夢だよ」

佐野は興味なさそうにラジカセのボリュームを上げた。さっきから聞こえてる音楽は、あれだったのか。

「あなたのことをふかくあいせるかしら」

佐野が音楽を唇で追った。ピーチジュースの時と同じ、あたしが好きな音楽。佐野はそれをわかってかけてくれてるんだ。きっと。

「夢だよ」

佐野は念を押すように言った。キスは夢だったんだ。うん、それでも構わない。あたしにしたら、あれは確かに現実だったから。

音楽が遠くに聞こえていく。そしてまた夢の中に戻っていく。

「こいがまぼろしでもかまわないと」

佐野の声が小さく音楽を追う。そしてあたしは眠りについた。

「瑞稀の唇を奪いやがってー! 許せんわー!」

眠りについた途端……それは遮られた。

「佐野ー、あの時お前が邪魔せえへんかったら、俺は……俺は瑞稀と!!」

「中津……芦屋、寝てるんだぞ。それにあれは人工呼吸だ」

「そんなんどっちでもええねん! くく、く、唇と唇をあわせることがやな、大事なことであってな、あれはやなあ!!」

「もうちょっと小さな声で話そう。芦屋が起きる」

「ええから! ええから! この気持ちを、どどど、どないしてくれんねん!」

「芦屋は男だぞ?」

「ええねん! 俺は芦屋を愛してんねん!」

「……スパークしてるな」

「してんねん!!」

あたしは寝た振りをしながら、二人の会話を聞いていた。もうあの二人も仲直りしたみたいだし、これで全て元通りだ。もしかしてこ

れも夢かも知れないけど。

「俺は瑞稀を愛してんねーん!」

あたしは毛布を鼻の下まであげて、目を閉じた。中津の叫び声に混じって、それをあしらう佐野の声が聞こえる。しばらくして中津は

力尽きたのか、肩で息をしながら部屋を出ていった。残ったのは静かな音楽と、佐野の歌声だけだった。

「きみのつめたいほほにふれてみた」

佐野は海水で冷えたあたしの頬を触った。

「ちいさなごご」

そして、必要の無いはずの人工呼吸をした。

たぶん、それは夢の中で。

■■■■■end・・・冷たい頬/SPITZ
(C)YOSHIKAZU KUWASHIMA
作品に対するご意見ご感想は桑島由一さんのHP
「クリアラバーソウル」まで。

 

小説・花ざかりの君たちへ「準備号」・・・SPECIAL FILE No.2 桑島由一さん

以下の小説は、FILE No.1で御紹介し、大好評いただきました「小さな頬」の試作品、準備号のようなものです。「小さな頬」は、この試作品に手を加え、修正した作品なので、内容が似ていますし、未完成だそうです。ですが、こちらの小説もとても素晴らしい作品だと思い、今回桑島さんのご好意で掲載させていただきました。「小さな頬」が、どのように完成していったのか、どれだけ桑島さんが、より花君を表現しようと努力して下さったのか・・・。その過程である準備号を読んでいただく事で皆様にも伝わると良いな、と思っています。是非「小さな頬」とあわせてお楽しみ下さい。

あたし芦屋瑞稀は、現在、南の風に吹かれている。日に焼けた砂の香りがする海岸で、汗ばんだ腕の行き場所に戸惑っているのだ。


■■■■■

「……ぐぅ」

名門私立桜咲学園は全寮制の男子校である。その男子校の夏合宿に、なんで女の子のあたしが参加しているのかとゆーと……そこには

あたしの好きな人がいたからなのダ。好きな人を追って男子校に潜り込んだ女の子。ちょっと絵になるお話でしょう?

「ぐー」

ちなみに今の声はその張本人、佐野泉の声である。あたしの気持ちも知らないで、相変わらずノンキに居眠りなんてしている。

「風が気持ちいいから、海にでも行くか?」

そう言って誘ってくれたのは嬉しかったのだが、砂浜に座った途端にこのありさま。きっと毎日の練習で疲れているんだろう。

「ぐー」

ちなみに今の声は、あたしの隣で寝ている佐野泉……の隣で寝ている裕次郎。寮で飼っている犬であります。まったく、みんなそろっ

て居眠りだなんて……。あたしもちょっと寝ちゃおうかな。そもそも、何で裕次郎まで一緒に来てるのよ。むぅ。

「もー、佐野。おれも寝ちゃうぞ?」

何も知らない寝顔に呟く。あたしが女の子だってことも、佐野のことを好きなことも知らないんだ。

「寝ちゃうからな?」

佐野の髪が、潮風で揺れている。近くで見ると女の子みたいに長いまつげをしてるんだ……なんて思い、少しだけドキドキしてしま

う。あたしに寄り添うように寝ている佐野は、まるで子供みたいだ。静かな寝息は波の音で消され、あたしにしか聞こえてこない。 

佐野のことを、ちょっとだけ独占しちゃってるかも。なんて。なんて。なんてね。

「おーう瑞稀、そこにいたんかいな」

遠くからの声で佐野が目を覚ました。唇を少し尖らせ、不満そうに目をこする。ああ、もうちょっと寝かせておいてあげたかったな。

「ん? 泉と一緒に寝とったんかいな。そんなんしてる暇ないで?」

佐野を眠りから覚ました声の主は、同級生の中津秀一だ。ブリーチした髪の毛が太陽を反射して、遠くからでもすぐに彼だとわかる。

アディダスのシャツにハーフパンツを履き、忙しそうに走ってきた。

「どうしたの?」

あたしは佐野から視線を外し、中津の方を見た。中津はあたし達が何をしていたのか気になるらしく、ブツブツと不満そうに何かを言

っている。

「なんや、目を離すとすぐに泉と一緒におんねんな……ぶつぶつ」

「そ、そんなことないよ。それで、どうしたのってば?」

「ああ、難波先輩の招集や。はよ行かな、メシ抜かれるで」

「本当に? おれ、そんなの聞いてないよ。ほら、佐野、行かないと」

あたしは急いで立ち上がり、佐野の腕をつかんだ。

「ん……わかってるよ」

「わかっとらん」

中津はあたしが掴んだ反対側の腕を持った。

「ほら、瑞稀。ダッシュやで!」

「お、おうっ!」

「むにゃむにゃ……だあああああ!」

あたしと中津は、寝ぼけたままの佐野を掴んだまま全力疾走した。合宿所に着く頃には、佐野は完全に目を覚ましているだろう。 砂

浜には、佐野を引きずった跡がきれいに一本の線となって延びた。

「さーて! 恒例の夏合宿も、いよいよ佳境を迎えている!」

合宿所に行くと、寮長の難波南が生徒を集めて演説しているところだった。あたし達は、集まっている生徒の中へとこっそりと潜り込

む。

「明日は夏合宿のメインイベント、遠泳大会だ! 頑張って夏を極めろよー!」

遠泳で夏を極める? いまいち意味がわからないぞ……。

「明日は学年ごとに遠泳大会をやるから、今日は早めに寝ること! わかったか! わかったら今日は寝ろー!おーう!」

難波先輩はなかばヤケクソ気味で叫ぶと、早々と自分の部屋へと戻っていった。うーん、何だか意味不明な演説だったような気がす

る。

「なんや、何が言いたいのかわからんわ。瑞稀、わかったか?」

「ううん。いまいち」

「泉は?」

「……さあ」

中津は首をかしげながら、自分の部屋へと向かった。今回の合宿の部屋は、佐野との二人部屋だ。寮でも同室だから気兼ねすることは

ないけれど、部屋が変わると少しだけ緊張する。 佐野はシャワーを浴びるとすぐにベッドに入り、さきほどの夢の続きを見始めたよ

うだ。

「寝るの早いね」

「ぐー」

「……まったく」

この島には大きな合宿所があり、色々な学校が合宿に使っているらしい。桜咲学園も夏合宿には必ずここを使う。合宿といっても特に

目的もないので、遠足みたいなものなのだろう。明日は遠泳大会だから、早く寝ないと。あたしは佐野の隣のベッドに潜り込むと、安

らかな眠りについた……。て。遠泳大会? それって水着にならなくちゃダメってことじゃない!

「わああああ、どうしよう!」

「んっ」

あたしの叫び声を聞いて、佐野が起き上がる。

「ん……どうかしたか?」

「あわわ、ごめん。どうもしてないよ」

「そうか。それじゃ、北枕に気をつけて」

「うん、ありがとう」

そのままパタリと眠ってしまった。寝つきだけは早いんだから。いやいや、そんなことを言っている場合じゃない。あたしは南の島に

いくということに気を取られ、遠泳についてまったく考えていなかった。そう、あたし芦屋瑞稀はこの学校では男として暮らしてい

る。それなのに、水着になんてなったら一発でばれてしまうじゃないか! うーむ、どうしたものだろう……。あたしは必死に考えた

……考えた……考えた……。

「ま、なんとかなるかっ」

いまさら考えてもしかたないっ。あたしはベッドに入ると、早々と眠るのであった。おやすみなさい!

翌日。晴れ渡る空の下で、遠泳大会が行われた。砂浜には生徒達が集まり、難波先輩の指示の元に準備体操なんぞをしている。

「今日は瑞稀にいいとこ見せたるでぇ……」

中津は妙にニヤニヤしながら、張り切って準備運動をはじめた。海水パンツの上からシャツを着て、ウォーミングアップというところ

だ。あたしも同じような海水パンツを履き、胸を隠すための服を着ている。その上にさらに大きなシャツを着て体型をごまかし、中津

と同じように準備運動をした。遠泳が始まったら、お腹が痛いとかなんとか言って見学するつもりだ。そうでもしないと、あたしのこ

とがばれちゃうからね。

「なあ芦屋」

準備体操中のあたしに佐野が声をかける。

「お前……大丈夫なのか?」

「へっ? 大丈夫って何が?」

「だから……その……大丈夫ってのはだな……んー……その……お、泳げるのか? って、ことだよ。うん」

「あー。おれなら大丈夫だよ」

佐野はあたしの顔を見つめると、少し心配そうに頷いた。

「そうか。それならいいんだけどな」

「うん、それならいいんだよ」

あたし達の会話を遮るように、難波先輩の声が響いた。

「よーし、それじゃあはじめるからな! 気合のあるやつから先に飛び込めー!」

難波先輩の声を合図に、次々と生徒達が海へと飛び込んでいく。

「瑞稀ぃー! 見といてなー、愛のクロールやでぇー!」

中津はシャツを脱ぎ捨てながら、他の生徒を押しのけて海へと飛び込んでいった。ザブン、と大きな音がして、冷たい水しぶきが辺り

に散る。それに習って、残りの生徒達もほとんどは海へと入っていった。砂浜に残ったのは、あたしと佐野と、怯えた目をした生徒が

数人。……そして難波先輩だけだ。後はあたしがタイミングを見計らって、腹痛を訴えれば万事解決……。

「あの……寮長……」

妙に怯えた顔をした生徒が、弱弱しく声を上げた。

「どうした?」

「僕……お腹が痛くて……」

怯えた生徒は震えるような声で言った。難波先輩は、笑顔でそれに答える。

「うんうん。この遠泳はきついからな。そうやって逃げ出そうとする連中が必ずいるんだよ」

そう言いながら生徒に近づいていった。

「だから、仮病を使ってもダメだぞ☆」

難波先輩は、笑顔のまま生徒の首を掴み、そのまま海へと放り投げた。放物線を描きながら、腹痛を訴えた生徒は波の中へ。

「ほらー! 泳いでこいー! 誰にだって容赦はしないぞー!!」

それを見た残りの生徒は、何かを諦めたように海へと入っていく。難波先輩はその光景を眺めながら満足そうに頷いた。

……これって。マズイんじゃ。

「ん? 残ってるのは芦屋と佐野か……。どうしたんだ、二人とも?」

あたしは後ずさりをしながら、難波先輩に訴える。

「え、えーと……おれ、ちょっとお腹が痛くて」

「ん? 芦屋まで仮病か? さっきまで元気そうに運動してたじゃないか?」

「あ……その……急に腹痛でして……」

「そうかあ? そうは見えないぞ?」

「うう……」

「さあ、泳いでおいで」

難波先輩は、海を指差した。いくら何でも、ここで水着にはなれいし、シャツのまま泳いだら下に着ているのが透けてしまう。

「……どうしよう」

その時、佐野が着ているシャツを脱いで海へと向かった。

「あ、俺が先に行きます」

「おう。佐野、行ってこいっ」

佐野は難波先輩に言うと、海へと飛び込んだ。佐野の水着姿……ちょっとかっこいい。て、そんなこと言ってる場合じゃないんだ!

「芦屋どうした? 泳げない理由でもあるのか?」

「えへへ……えーと、それはですね……」

「どうした? 俺が海に放り込んでやろうか?」

「あー……えーと……」

「うわっっと!」

叫び声が不意に聞こえた。海の方を見ると、波の間で佐野がつらそうな顔をしている。

「あいつ、足をつりやがったな……」

「あ、先輩!」

難波先輩はすぐに海へと飛び込み、波の間をすり抜けるように泳いだ。そして佐野を後ろから抱えると、ゆっくりゆっくり砂浜まで泳

いで帰ってくる。

「佐野! 大丈夫!?」

あたしは砂浜に寝転がった佐野を見ながら、難波先輩に声をかけた。

「佐野、どうしたんですか? 溺れちゃったんですか!?」

「はぁはぁ、準備体操をやってなかったんだろう。足でもつったんだよ。だから溺れて水でも飲んだんじゃないのか?」

「水でもって……」

佐野は砂の上で、苦しそうに横たわっている。難波先輩はあたし達を置いて、どこかに走って行ってしまった。

ど、どうしよう。

「おーい、佐野、生きてる? 生きてるよね? 死なないよね?」

「……」

頬を軽く叩いても返事をしない。うわあ、大丈夫なんだろうか?

「佐野、ねえ、起きてってばあ! ねえ、佐野って!!」

今度は頬を強めに叩く。ぱしぱしぱし。

「……」

これでも無反応だ。もしかして死んじゃうんじゃないだろうか?

「ねえ佐野、死んだらダメだよ、ねえ、起きるんだよ?」

しばらくして、難波先輩に呼ばれたのか、保健の梅田先生が歩いてきた。

「おー、溺れとる溺れとる」

「梅田先生! 佐野が! 佐野が!」

あたしの声はいつの間にか涙声になっていた。さっきから一言も口をきかない佐野を見ていたら、心底不安になってきたのだ。

「芦屋、落ち着けよ。佐野なんだから大丈夫だよ」

「だ、だって返事とかしないしぃ、返事とか……しない……し……」

「泣くな泣くな。今見てやるからな」

「はぁい〜えぐえぐ」

梅田先生は佐野の身体を何度か叩くと、にやりと笑った。

「なるほどね……やるね、佐野君も」

「先生、大丈夫なんですか? 佐野の調子はいいんですか?」

「そうだな……まあ全然なんてことないね。水もほとんど飲んでないし」

「そうなんだ……よかったぁ……」

ホッとしたら泣きそうになってしまう。うう、我慢我慢。

「ああ、でも……」

梅田先生は何かを思いついたようで、さらに笑った。

「人工呼吸とかすれば、すぐに回復するかもな」

「じ、人工呼吸!?!」

あたしの声に反応して、佐野の眉毛がピクリと動いたような気がした。

「まあ、あとは平気だから。それじゃ俺は帰るからな。うんうん」

そう言うと梅田先生は合宿所へと戻っていった。じ、人工呼吸……。

あたしは佐野の方をチラリと見る。ピクピクと顔の筋肉が引きつっている。これって、相当苦しいんじゃないのかな?

「佐野……どうしよう……人工呼吸」

あたしは何気に佐野の唇を見た。人工呼吸って……キス……だもんね。それを……やるんだよね。ああ、でも悩んでる場合じゃない

し、佐野が大変なんだから、そんなくだらないこと言ってちゃダメだっ!あたしは佐野のすぐ近くまで顔をよせて、目を閉じた。

「人工呼吸……するよ……」

「ふーふーふー」

「あれ?」

何だか佐野の呼吸が荒くなったような……。溺れてるんだし、苦しいんだよね。躊躇してないで人工呼吸……。

「ごめんね、佐野……」

あたしは佐野の鼻を軽くつまんだ。そして唇に……近づく。

「キス……じゃないからね……」

佐野の唇が目の前にある。これは……ちょっと緊張する。キスじゃないけど、でもこれはキス……なんだよね、やっぱり。

「で、でもキスじゃないから。人命救助だから……」

佐野の顔が少し赤くなる。苦しいのかな?

「でも……やっぱりキスじゃないかー!」

できない……こんな青空の下でキスなんて……でも、ほら、その、佐野が助かるなら……。佐野の顔を覗き込むと、今度は青くなって

きた。どうしよう、どうしよう、苦しいのかな。

「佐野……かわいそう……」

やっぱりキス、じゃなくて人工呼吸をする。するよ。する……。でも、でも、でも……。

「うああああああああ!」

「わああああああああ!」

佐野は突然起き上がり、全力で深呼吸をし始めた。

「はーはーはーはーはー」

あたしをそれを見ながら、しばし呆然とする。

「芦屋……お前、鼻つまんだまま……ずっといたら……俺、死ぬぞ……」

佐野は呼吸を整えながら、苦しそうに言った。その表情は、なにより元気そうだ。

「あれ……佐野、溺れて……気を失ってたんじゃないの?」

「ふーふー、ばーか、あれは溺れたふりだよ。お前、腹痛だったんだろ? でも難波だったら無理に泳がせるだろうから。はーはーは

ー。だから俺が溺れたふりして、気をこっちに向かしたんだよ」

「そ、そうだったの?」

「そうだよ。あー、死ぬかと思った」

そう言って佐野は砂浜に寝転がった。何だ、そうだったのか。あれは溺れた振りだったんだ。

「そっか……おれ、ビックリしちゃったよ。だって佐野が本当に……溺れたのかと思って……おれ……」

あたしは身体が熱くなるのを感じた。涙が急に止まらなくなった。

「おいおい、泣くんじゃねえよ。せっかく溺れた振りまでしたのによ」

「ごめん、ごめんね。でも何だか涙が止まらなくて」

「まったく……」

えへへ。佐野って優しい。だから好きなんだ。

「あれ? じゃあ、梅田先生が言った人工呼吸っていうのは?」

「……あれは、先生がからかったんだよ。俺が溺れてないの、すぐに気づいたくせに」

そうだったんだ。うわあ、思わず騙されてキスしちゃうところだった!

「でも、人工呼吸……ちょっと残念だったな」

「あ? 何か言ったか?」

「ううん、何でもない!」

あたしは笑顔を作って言った。なにしろ、佐野の優しさが嬉しかった。

「それじゃ合宿所に戻って寝てるか。病人二人だもんな」

「う、うん!」

佐野はあたしに手を差し出した。あたしは、それを握った。そしてそのまま、二人で合宿所へと歩いて行った。

■■■■■

「瑞稀ぃー! 俺の泳ぎは見てくれてたかー!?」

「あ、ごめんお腹痛くて寝てた」

「うおおおおっ。じゃあ泉は!?」

「あ、俺は溺れて寝てた」

「うわあああああ。じゃあ裕次郎は!?」

「わん。わんわん」

「うぬううううううううう」

中津は泣きながら、あたし達の部屋から飛び出して行った。ごめん、忘れてたよ。

■■■■■・・・end
(C)YOSHIKAZU KUWASHIMA

作品に対するご意見ご感想は桑島由一さんのHP
「クリアラバーソウル」まで。


(C)HISAYA NAKAJO/HAKUSENSHA